神の栄光を見る
『イエスは彼女に言われた。「信じるなら神の栄光を見る、とあなたに言ったではありませんか。」』 ヨハネ11:40
イエス様は死後4日経っていたラザロをよみがえらせました。その前にイエス様はラザロの姉妹を励ましつつ、「あなたは神の栄光を見る」(ヨハネ11:40)と告げました。私たちはどんな時に神の栄光を見ることができるのでしょうか。
Ⅰ.私たちが弱い時に、神の栄光を見る(ヨハネ11:30~35)
ラザロが死んで姉妹のマルタとマリヤは悲しみのどん底でした。イエス様も涙を流されました(35節)。この最も深い悲しみの時、イエス様はラザロをよみがえらせ、神の栄光を現したのです。イエス様は、「肉体のとげ」を取り去って欲しいと願う使徒パウロに対し、「わたしの力は弱さのうちに完全に現れる」(Ⅱコリ12:9)と告げました。私たちの弱さに主の力が働く時、神の栄光が現れるのです。
Ⅱ.私たちが信じる時、神の栄光を見る(ヨハネ11:40)
イエス様は、ラザロの死という絶望的な状況で、信じることを強調しました(25,26,40,42節)。世は「死なないようにすることはできなかったのか」(37節)とキリストを信じませんでした。しかしマルタは、世の終わりの時の復活(24節)、イエス様が神の御子キリストであること(27節)を信じていました。私たち誰でも、苦労、悩み、悲しみがあります。その時の態度が大切です。もし、神の偉大さ、力、恵み豊かさ、愛を信じるなら、神の栄光を見ることができるのです。弱さの中で働く信仰が大切であると言えましょう。
Ⅲ.私たちが生かされる時、神の栄光を見る(ヨハネ11:25~26)
イエス様はラザロをよみがえらせ、後にイエス様ご自身も十字架の死から復活しました。まさに主は「よみがえり、いのち」なのです。私たちが肉体の生命を授かった時、イエス様を救い主と信じる者に永遠のいのちが与えられる時、信仰生活の中で主に助けられる時、世の終わりに新しい体によみがえる時、「わたしを信じる者は、死んでも生きる」が実現する時、偉大な主の栄光を私たちは見ることができるのです。